パリ在住のフードジャーナリスト
伊藤文さんのコラム
ラグジュアリーな
パリのフード事情
LAFAYETTE’S/ラファイエッツ
アフリカがオリジンの人気シェフ、
モリー・サッコ
ラグジュアリーなブラッスリー
『ラファイエッツ』の挑戦
2024年10月18日(金)
アフリカ・マリ出身の父とセネガルとマリのハーフの母を持つモリー・サッコ氏は、今やフランスの国民的な人気シェフです。2020年に料理番組『トップ・シェフ』に出場。優勝はしませんでしたが、背丈2メートルの長身と整った顔立ちで、一躍視聴者から人気を集めました。同年にパリ14区に自身のレストラン『モスケ』をオープン。翌年2021年にはミシュラン・ガイドの1つ星を獲得したと同時に、若手の注目料理人としてのアワードにも輝いたのです。
そのサッコ氏は、大の日本好きであることでも知られています。自身のレストランに『モスケ』と名付けたのは、アフリカ人として初めて日本に上陸し、織田信長に謁見して気に入られた人物のあだ名が「ヤスケ」だったことから。自身の名前モリーをなぞらえたそうです。『モスケ』では自分のオリジンであるアフリカと日本からインスピレーションを得た創作料理で話題です。
そして、昨年、ラグジュアリー・ブラッスリーとして生まれ変わった『ラファイエッツ』の料理の監修を手がける人物として、サッコ氏に白羽の矢が立ち、さらに注目を浴びました。なんといっても、『ラファイエッツ』のオーナーは、飛ぶ鳥を落とす勢いの『モマ・グループ』代表バンジャマン・パトゥ氏。センシュアルなレストランを、パリ中心に次々と手がけるパトゥ氏の肝入りとの評判なのです。
『ラファイエッツ』は、元々由緒のある建物として有名です。場所はコンコルド広場に面するホテル『ル・クリヨン』の北側にあるという立地にあり、ルイ15世付きの建築家で、王宮と要塞などの設計図を管理していたアントワーヌ・マザンという人物が、1728年に建造したという歴史があります。
そして、アメリカの独立運動やフランス革命の際に活躍をした軍人貴族の英雄ラファイエット侯爵が、この邸宅を借り住まいとしていたため『マザン・ラファイエット邸宅』と呼ばれていたのでした。
ブラッスリーとして生まれ変わったこの店のインテリアを手がけるのは、スペイン・カタロニア出身のラザロ・ローザ・ヴィオラン氏。スペインをはじめ世界中のレストランや様々な空間を実現してきた、内装デザイナーで、18世紀建築の建物を存分に生かしたインテリアには目を見張ります。
1875年に歴史を遡る、18世紀の家具やオブジェを専門に扱うギャラリー『クレマー』の協力を得たそうですから、本物のアートも飾られたインテリアは圧巻です。白い上質なクロスを敷き詰めて、本物のろうそくで灯りを灯したテーブルセッティングの演出も見事。新旧が上手に融合しているといったらいいでしょうか。
そうした空間に、ラルフ・ローレンの2021年のコレクションのイメージキャラクターにも選ばれたサッコ氏に、エグゼクティフ・シェフとして声がかかったのも、ベストマッチングではないかと思います。22年米版タイム誌が特集する『未来の100人』の中の一人に選ばれ、表紙を飾ったことも特筆に値します。国境を超えて、世界にもそのパーソナリティの魅力が伝わる旬のパーソナリティが、『ラファイエッツ』の空間を料理という軸からも蘇らせることに。
ラファイエット侯爵にもオマージュを捧げた、現代のアメリカを思わせつつ、アフリカ料理のスパイスを閉じ込めたチャーミングなフランス料理を展開しています。
メニューは生の海鮮料理、前菜、メイン、付け合せ、デザートで構成。フランス料理を知っている人なら既視感のある親しみやすいブラッスリー料理に、サッコ氏らしい、ラグジュアリーかつセンシュアルなタッチが加えられた、おしゃれで楽しい料理ばかりで、心が踊ります。例えば、パイ生地で覆ったコーンチャウダースープ。マグロのマリネにはアボガドを添え、ラングスティーヌのカルパッチョにはパッションフルーツのヴィネグレットソースを和える。生牡蠣には、レモンのグラニテを添えたり、川スズキはバナナの葉で包んで蒸したり。
また、パン粉をつけて揚げたフライドチキン。ハンバーガーでもトリュフ風味のチーズを仕込むなど、アメリカのジャンクフードがオリジナルなレシピに様変わりしているのも魅力的です。マンゴーとハイビスカスのチャツネを添えたフォアグラのテリーヌ。アフリカのマフェソースを添えた仏ランド地方のヴォライユのソテー。デザートなら、マンゴーのタルトタタンや、ギニアショウガの風味を利かせたレモンのメレンゲタルトなども。伝統的なレシピに隠された、エキゾチックな味わいを楽しんでいただけたらと思います。
Photos/François Coquerel, Saint Ambroise, Ilya Kagan, Aya Ito
フードジャーナリスト 伊藤 文Aya Ito
1998年より、在仏食ジャーナリスト・アナリストとして活動。
数々のメディアでの取材・執筆、食関係の本の出版、翻訳の経験、また食分野で活躍する様々なタレント(経営者、シェフ、生産者など)との深い交流を生かし、食を通して日仏をつなぐDOMAを創立(在仏)。
2017年には、パリ12区バスティーユ界隈にショールーム・アトリエ・物販店「atelier DOMA」をオープンする。
和庖丁の販売、メンテナンス、研ぎ教室を中心に、日本の食文化やものづくりの精神を伝える事業も展開する。