パリ在住のフードジャーナリスト
伊藤文さんのコラム
ラグジュアリーな
パリのフード事情
Tour d'Argent/トゥール・ダルジャン
1582年創業、フランス最古の
レストランの1つ「トゥール・ダルジャン」。
昨年2023年の夏、グランドリニューアル
オープンに漕ぎ着いた老舗の挑戦。
2024年9月20日(金)
「トゥール・ダルジャン」は、1582年の昔からその名を轟かせてきた名店です。日本には、1984年に、世界唯一の支店「トゥールダルジャン 東京」として、ホテルニューオータニ開業20周年記念事業を機にオープン。私たち日本人にも、フランス料理の殿堂として知名度が高く、長年愛されてきました。
レストランは、セーヌ川沿いの右岸にあります。全館が「トゥール・ダルジャン」の所有物で、1936年以来、日本でいう7階(フランスでは6階)にレストランを設置していました。
大きく開かれた窓から眺める風景は絶景で、セーヌ川に浮かぶノートル・ダム寺院の後ろ姿を目の前に眺めることができます。そして、鴨料理は、この店のエンブレムでしょう。
その「トゥール・ダルジャン」が、大々的なリニューアルオープンを決め、2022年の4月末に閉店。大工事に踏み切ったのです。そしてオープンしたのが2023年の8月。
現在のオーナーはアンドレ・テライユさん、44歳。テライユ家が「トゥール・ダルジャン」のオーナーとなって以来の3代目にあたります。初代は同名のアンドレ・テライユさんで、1911年にこの店を手に入れています。現在はフォーシーズンズ傘下となっているホテル「ジョルジュ・サンク」を創業したのも、アンドレさんであり、20世紀初頭の実力者でした。その息子のクロードさんは1947年に「トゥール・ダルジャン」の後継者となり、ミシュラン・ガイド3つ星を獲得してきたこと、多くの著名な人物との親交や、その長身でエレガントな容貌でも威厳のあったクロードさんが旅立たれた2006年に現オーナーであるアンドレさんが26歳の時に引き継いだのでした。
アンドレさんは2006年以来、同じ河岸沿いの目の前にビストロやブランジュリーをオープンするなど、今の時代に合った新しい展開を仕掛けて、老舗のイメージの刷新を手掛けていましたが、今回のリニューアルはその象徴的な試みだったと言っていいでしょう。レストランの内装の斬新な挑戦は目を見張ります。
全体的なリニューアルを手がけた建築家はフランクリン・アッジさん。ユネスコの世界遺産に登録されているパリのセーヌ河岸の遊歩道やラ・デファンスのワークステーションタワーなどに加え、クリストフ・ルメールやラコステ、イザベル・マランなどのブランドのブティックも手がける、勢いのある現代の建築家です。7階のクラシックなレストランがさま変わりしたのには、驚きがありました。特にメタルの板を取り付けた天井。その細いメタルの板がパリの外観の風景と光と色をとらえた輝きは唯一無二のものでしょう。
シェフはヤニック・フランクさん。2004年に料理人としての最高職人章を獲得しており、アラン・デュカスなどの巨匠に師事したのち、2016年にこの店のエグゼクティブシェフに就任しました。テライユ一家が引き継いだ直前のオーナーである、フレデリック・デレールが、得意とする鴨一匹まるまるの切り分けは、当時評判を集めましたが、そのデレールがサービスした鴨に番号を振るという画期的なアイディアを思いついて、世界中から注目されることになったのです。鴨のガラからとった汁をソースに加えるという、その所作をも披露することや味わいは、今でも受け継がれています。写真中央がその鴨料理で、伝統的なジャガイモ料理のスフレも添えられています。右はクネルといって、魚のツミレ料理。テライユ家が家族で愛した、サンドル(川魚パーチ科)で作ったクネル。例えばクネルはソース・ナンチュア(ザリガニの殻をバターなどと炒めて作る)が伝統的ですが、フランクさんは緑のトマトのスープを合わせるなど、ソース・ナンチュアは今の時代に相応しい、より軽やかな見せ方やレシピで取り組んでいます。
元々広かったキッチンを、客室から見えるオープンキッチンにしたのも今まで以上の演出効果が得られていると思います。「レストランはテアトル。我々は皆、それぞれの役割を最大限に演じなければならない」と常に話していた2代目のクロード・テライユさんの言葉が浮かんできます。デザートの「クレープ・マドモワゼル」もスペシャリテの一つ。ワゴンサービスでメートル・ドテル(客室係)が、美しい魅せる所作で、目の前で作ってくれるクレープ・シュゼット。パリ近郊の農家から直接仕入れたクリームのホイップが味わいを引き立ててくれます。
このリニューアルでの朗報は、なんといっても1階のスペースを「Le Bar des Maillets d'Argent/ル・バー・デ・マイエ・ダルジャン(ポロ競技のスティックのバー)」と名付けて、カジュアルなカフェ・レストラン・バーとしたことです。店のブランジュリーのヴィエノワズリーを味わえる朝食セットや、アフタヌーン・ティの時間にはケーキを楽しめるなど。さらに、お昼から夜の10時半までサラダやフォアグラ、様々な鴨ベースの軽食を楽しめるのも魅力でしょう。鴨のサラミや鴨肉のパルマンティエ、鴨肉を挟んだタコス・・・。また、日曜日にはバイキング形式のブランチも用意しているということでした。ちなみにこの店の名前は、ポロ競技が好きだったクロードさんに因んだ名前だそうです。
さらには8階の屋上も開放して「Le Toit de la Tour/ル・トワ・ドゥ・ラ・トゥール(塔のルーフ)」というバースペースに。トゥール・ダルジャンのオリジナル・シャンパーニュで乾杯をするのにうってつけの場所でしょう。
さらに6階に開設された「L'Appartement/アパルトマン」もサプライズあるスペースに。
150m2もある宿泊施設で、定員は2名。現オーナーアンドレの祖母が元々暮らしていたファミリーの思い出の残るスペースを開放して、この場所で料理も振る舞うことができるという贅沢な嗜好になっています。パリの魅力を十二分に享受できる新しいトゥール・ダルジャンへの訪問は、忘れられない思い出となることでしょう。
Photos/Matthieu Salvaing, Benoit Linero, La Tour d’Argent Paris
フードジャーナリスト 伊藤 文Aya Ito
1998年より、在仏食ジャーナリスト・アナリストとして活動。
数々のメディアでの取材・執筆、食関係の本の出版、翻訳の経験、また食分野で活躍する様々なタレント(経営者、シェフ、生産者など)との深い交流を生かし、食を通して日仏をつなぐDOMAを創立(在仏)。
2017年には、パリ12区バスティーユ界隈にショールーム・アトリエ・物販店「atelier DOMA」をオープンする。
和庖丁の販売、メンテナンス、研ぎ教室を中心に、日本の食文化やものづくりの精神を伝える事業も展開する。