パリ在住のフードジャーナリスト
伊藤文さんのコラム
ラグジュアリーな
パリのフード事情
ピエール・エルメ初のショコラトリー
「アンフィニマン・ショコラ」、
オペラ座そばに誕生
2024年7月10日(水)
世界的なパティシエとして知られるピエール・エルメさん。1998年に初めて自身の店をオープンしたのが日本。パリの店舗は2001年にオープンと、着実に足場を固めながら、革新的とも言える独創的なパティスリーを次々と生み出してきました。特にファッションの世界と同じように「春夏コレクション」、「秋冬コレクション」という季節のリズムで、新しい商品を発表してきたのも、注目を集める一つの仕掛けでもあったでしょう。そんな彼が、パリ・オペラ座のそばに、自身として初めてのショコラトリー「アンフィニマン・ショコラ」を誕生させました。オープンはこの4月下旬でした。ちなみにアンフィニマンとは「無限大」という意味があります。
オペラ座からマドレーヌ広場に伸びるカプチーヌ大通りの23番地。ラグジュアリーな「インターコンチネンタル・ホテル」が目の前にあります。バス通りであるオペラ大通り周辺に比べて落ち着いた立地でもあり、シックなショコラトリーを構えるのには、抜群の場所ではないかと思います。お店の中に入ると、パレットのようにチョコレートが並べられたカウンターを中心に広がる、新しいクリエーションの世界に誘われるようです。カウンターの側面の素材は銅でできているそうで、パティスリーやコンフィチュール作りに欠かせない銅鍋へのオマージュも彷彿とさせて、パティシエが生み出すチョコレートの世界の面白さを表現しているようでした。
今までもエルメさんはチョコレートを作っていましたが、店に並べる商品の一部にしかすぎず、ボックスに予め詰め合わせにしたものだけを販売していました。しかし新店舗となったショコラトリーでは、好きなものを選べる量り売りに。入荷した素材に従ったチョコレートの新作も出していくということで、エルメさんにとっての新しいステージがもう一つ増えたということでしょう。エルメさんにお話を伺うと、チョコレートには初めから思い入れがあったそうです。なぜならエルメさんはアルザス地方出身で、パティスリー・ブランジュリーの4代目ですが、父親がチョコレートにもこだわりがあった。エルメさんが師と仰ぐガストン・ルノートルさんも通ったチョコレートを学べるスイスの学校に、父自身も入学して技術を学んでいたことを、エルメさんは常に心に留めていたそうです。
大通りの名前である「カプシーヌ」とは金蓮花のこと。そんな花を模ったチョコレートを店のエンブレムとしています。お店に入るとこのカプシーヌの形をしたチョコレートを試食として勧められるのが嬉しいサプライズでしょう。店頭にあるのは、全てマシュマロ入り。例えば、「アンフィニマン・バニラ(つまりバニラたっぷり)のマシュマロと塩キャラメル」、「アンフィニマン・プラリネ・ノワゼット(ヘーゼルナッツ風味のマシュマロとプラリネクリーム)」、「クロエ(フランボワーズのマシュマロ)」。とろりと現れるクリームや柔らかなマシュマロが現れるのがサプライズです。
先ほども触れましたが、今までは箱詰めのものしか購入できなかったエルメさんのチョコレートを、好きなフレーバーを選んで、量り売りで購入できるのは最高の贅沢でしょう。箱詰めですと50gから910g入りまで7個のボックスから選べます。また、この店でしか味わえないクリエーションにも出会えます。例えば1粒5gのサイコロ型が愛らしいミニボンボン。「ラフロイグ」の10年もののウィスキーの香りの「AMBRE」や黒オリーブとオリーブオイルを隠し入れたジャンドゥーヤ「CORSO」、オレンジ花水入りのピスタチオのプラリネ「ARYA」など。また、エルメさんがその時々のインスピレーションで作り上げるボンボンショコラもあるので、足を運んでみるたびに店員さんに尋ねてみるのもいいでしょう。私が訪れた時はコーヒーの香りを閉じ込めたヘーゼルナッツのプラリネのボンボンがありました。
また、エルメさんの自信作で店のスペシャリテは「ALGAE」という名の、びっくりな風味のボンボンでした。それは柚子のパート・ド・フリュイ(ゼリー状のコンフィズリー)に、海苔のコンフィチュール入りのブラックチョコレートのガナッシュを重ねたもので2層になっています。「海苔のコンフィチュール」とはエルメさんは言いますが、おそらく佃煮ではないかと想像します。海の香りが漂う乙な味で、アルコールとのペアリングを楽しむのにも向いているのではないかと思いました。またタブレットチョコレートは「メディテーション」と名づけて、原産地にこだわったものから中に詰め物をしているもの、ナッツを散りばめたものなどもあり、そのデザインもなかなか斬新です。
タブレットでもエルメさんは色々な味わいに挑戦しており、期間限定の商品がいくつか並んでいます。現在は、エクアドル産チョコレートにブラックレモン(乾燥ライム)風味を隠し味にしたものと、コーヒーの花の香りを閉じ込めたものの2種でした。前者は深みのある酸味が後味で現れるのがワインを味わうようで面白く、後者はふんわりと包み込まれるようなジャスミンのような香り。香水のような体験があると言ったらいいでしょうか。
兎にも角にも、巨匠の頭をめぐるイマジネーションの世界を覗けるような、サプライズ溢れるショコラトリー。今のところは、パリあるいは他都市においても店舗を展開する予定はないといいますから、唯一無二の贅沢な場所だと思います。
Photos/Adrian Driand, Patrick Rougereau, Aya Ito
フードジャーナリスト 伊藤 文Aya Ito
1998年より、在仏食ジャーナリスト・アナリストとして活動。
数々のメディアでの取材・執筆、食関係の本の出版、翻訳の経験、また食分野で活躍する様々なタレント(経営者、シェフ、生産者など)との深い交流を生かし、食を通して日仏をつなぐDOMAを創立(在仏)。
2017年には、パリ12区バスティーユ界隈にショールーム・アトリエ・物販店「atelier DOMA」をオープンする。
和庖丁の販売、メンテナンス、研ぎ教室を中心に、日本の食文化やものづくりの精神を伝える事業も展開する。