パリ在住のフードジャーナリスト
伊藤文さんのコラム
ラグジュアリーな
パリのフード事情
パティスリーの宝石箱『バタフライ』の
クリスマスのケーキ
2023年11月18日(土)
パリ・コンコルド広場に面したパリ最高峰のパラスホテルの一つ『ロテル・ド・クリヨン』。世界中の名士から愛されるホテルとして知られています。2017年の大々的なリニューアル来、マイナーチェンジを繰り返していますが、パティスリースペース『バタフライ・パティスリー/Butterfly Pâtisserie』とサロン・ド・テスペース『バタフライ・ルーム/Butterfly Room』は今年の春に密やかに登場して話題を呼んでいます。
ホテルの正面エントランスから入ってもいいのですが、西側の裏通り在仏アメリカ合衆国大使館にも面するボワシ・ダングラ通りにある裏口から入るのがオススメ。まるで宝石店のような外観で、入る前から心が浮き立ちます。内装はフィリップ・スタルクやクリスチャン・リエーグルなどにも師事しながら、独自のピュアなラグジュアリー感を演出することに長けているトリスタン・オエールが手がけています。大理石のパティスリーカウンター、宝石箱のようなショーケースなど、職人芸による美しいパティスリーの一つ一つが映えるスペースに仕上がっていました。
ところで『バタフライ』という名前ですが、壁にもかけられている蝶の標本の作品や、蝶をテーマにした様々なアート作品で知られる、コンテンポラリー・アーティスト、ダミアン・ハーストからインスピレーションを得たものだということです。静止物の中に込められた生命は、パティスリーの中にも通じるものがあります。
シェフのマチュー・カルランは2019年から当ホテルのシェフ・パティシエに就任しました。ピエール・ガニエールやギー・サヴォワなどの3つ星レストランのシェフ・パティシエとして活躍してきた方です。余談ですが、お隣のやはり高級ホテル『リッツ』のシェフ・パティシエを務める、世界的に注目されるフランソワ・ペレが『シャングリラ・ホテル』のシェフをされていた時にセカンドを務めていたこともあり、今のパティスリー界を支える一人であることも伝わってきます。
カルランのスペシャリテはなんといってもフラン。サクサクのフィユタージュに、プラリネとバニラのマーブルのフラン生地を合わせたオリジナルが私は好きです。中に焙煎したヘーゼルナッツがほんの少しだけ入っており、食感も素晴らしい。
フランというのは、どちらかというと日常的なパン屋さんのパティスリーですが、それをパティシエという職人芸で上品な作品に仕上げているのが驚きでした。
また、中にミルクキャラメルを閉じ込めたミルフィーユ、プラリネ入りのミルフィーユもスペシャリテの一つ。波をつけて焼き上げたパイ生地との食感で上品な仕上がりです。
カルランが大切にしているのは、まずは季節感、そして砂糖が控えめであることと、上品なコントラストのある味わいや食感だそうです。そんなエスプリがフランにも、ミルフィーユにも表れています。
宝石のようなパティスリーを眺めた後に、隣接するティールームで味わうことができるのは至福です。裏通りに面していますし、隠れ家のようなスペースなので、心置きなくゆっくりとひとときを過ごせるのがとても嬉しいです。11時から19時まで年中無休でオープンしており、パティスリーだけでなく、ちょっとした軽食も味わえます。クロック・ムッシューやオマールロールなどのサンドイッチ、ベーコンとチーズの上品なバーガー。本日のチーズもあるので、ワインをおともにアペリティフも楽しむのも、グッドアイディアでしょう。
またビスケット・ワゴンが常に用意されています。
プラリネクリーム、ポップコーン、ナッツなどのその時々のトッピングが用意されています。
ところでそろそろクリスマスも近づいてきました。11月20日からは、コンコルド広場から凱旋門まで走るシャンゼリゼ大通りの、クリスマスのイルミネーションも始まります。そんななかロテル・ド・クリヨンでのクリスマスイベントも盛り上がりますが、クリスマス時期に特別に作られるクリスマスケーキ、ブッシュ・ド・ノエルも大切なアイテム。その発表がプレス向けにありましたので紹介したいと思います。
目を奪われるのは、まずは造形的な美しいフォルム。なんとヴィクトリア・ヴィルモットがデザインを手がけたということ。名前を聞いて、ピンとくる方もいらっしゃるかもしれませんが、広島の平和の門も手がけた大建築家ジャン・ミッシェル・ビルモットの娘であり、デザイナーとして活躍されています。
そのフォルムは、なんとなくアルプスの山々の雪景色の風景をも思い起こさせるよう。そのはず、カルランはアルプス山脈の麓にあるグルノーブル出身でした。
ほんのりチーズの香りのするムースに、バニラ風味のライスプディング、キャラメルソースとビスキュイ、カリカリとさせたライスパフを合わせた、味わいとテクスチュアの上品な動きのあるコンビネーション。子供の頃のデザートの記憶を閉じ込めているそうで、味わいと記憶が重なり合うような、ムーブメントが表されている、素敵なクリスマスケーキだと思いました。
カルランの出身地のスペシャリテ、ガトー・サヴォワもオススメ。焼き菓子からも、丁寧な仕事とセンスが伝わってきます。
Photos/Vincent Leroux, Elie Obeid, Alice Fenwick, Virginie Garnier, Laurent Luxenberg, Hôtel de Crillon, Victoria Wilmotte, Aya Ito
フードジャーナリスト 伊藤 文Aya Ito
1998年より、在仏食ジャーナリスト・アナリストとして活動。
数々のメディアでの取材・執筆、食関係の本の出版、翻訳の経験、また食分野で活躍する様々なタレント(経営者、シェフ、生産者など)との深い交流を生かし、食を通して日仏をつなぐDOMAを創立(在仏)。
2017年には、パリ12区バスティーユ界隈にショールーム・アトリエ・物販店「atelier DOMA」をオープンする。
和庖丁の販売、メンテナンス、研ぎ教室を中心に、日本の食文化やものづくりの精神を伝える事業も展開する。